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-| 2018年07月 |2018年08月 ブログトップ

いじめは無くならない [心学]

平成に入って“いじめ”問題がクローズアップされて、最終的に“いじめ防止対策推進法”が国会で議決された。
結果、見てみるといじめは止めようの議論に終始していると感じる。
無論、いじめ以前の幼児虐待は許されない。


人間は生物であるから、生存競争に勝ち残る事が生きていく上で最低条件であることを認めよう。
他者より勝ることを好むのは生存競争所以のことであり、それを否認すれば生存さえ叶わない。
単純に勝る為に選択していることがいじめに直結していることを忘れてはならない。

詰り“いじめ”は本能であると極論さえできる。
どうすれば、自殺が防げるかが問題なのだ。
いじめられる人が自身を“いじめられる人間”と思ってしまう所に、自殺する機序が生れる。
即ち、志を持っていれば自身をそう考えることはないはずだ。

逆に志を持つものは、いじめる心を持たないと断言できる。
子供にとって一番大切なものは志である。
それを学校教育では疎かにされている。

今の世の中で小さい子供に「大きくなったら何になりたい」と問う大人がどれだけ居るだろう。
小説「坂の上の雲」に出てくる主人公達は夫々が自身の将来について夢を語り合っていた。

彼らは聖人を目指し、菩薩を目指す教育、詰り心学を教えられて成長している。

世の議論は人と整合しないし、全くかみ合わないから、議論の為の議論に終始している。


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私の思想史5 [宗教]

虚無から抜け出す為に仏教への模索が始まった。

これには日本の歴史を俯瞰した事が大いに役立った。
飛鳥から平安に掛けての支配者の為の仏教に対して、武家の力による支配確立と共に大衆へ広がりを見せた真の大乗仏教への変質。
平安遷都と共に、栄えた真言・天台宗共に、大衆化へと舵を切っている。

筆者の家は真言宗智山派が先祖供養宗派である。
必然的に、様々な供養場面で勤行される般若心経にフォーカスが当てられる事になる。
般若心経は300字に満たない文字で哲学の深淵を顕わしている。

先ず、五蘊皆空と森羅万象が空である事を断じきっている。
次に空不異色、色不異空、色即是空、空即是色の有名な四句が並ぶ。
最後に、諸法空相と続き空中無色と断じきっている。

その後、断じきった空の中に色はありませんを説明すべく、最初にエネルギー不変の法則を説き、我々の目・耳・鼻・舌・身・意という全感覚器官から始まり、それが感じる色・声・香・味・触も無いと説いている。
そして、それらを識別する世界や我々の感じる意識、全てを無明と断じ、無無明尽と断じきっている。
老や死さえも無いと断じている。
要するに考えられる有とあらゆるものが無い世界が空と断じ、その上で空即是色である。

筆者がこういう概念を納得したのは60才を前にした頃であろうか。
それに辿り着く仏教遍歴を次回から述べる。

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私の思想史4 [概要]

遂にトンネルに入った。

丁度大学に入った頃だったと思うが、全く分かっていないのに、虚無主義にかぶれたのだ。
それもニーチェが向き合っていた実存哲学への入口等何も分からないのにアナーキズムとでも言おうか随分精神が荒んだ状態に陥った。

読書はした。
ニーチェとか安部公房やフランツ・カフカ等である。
書いている本当の意味は理解していないのに、只流行りに任せて、生活は荒んでしまった。
何も自暴自棄になる必要は無いのにヤケになっていた面はあった。

随分後で、自身が高機能自閉症と分った時、あれもそうだったのかと得心した。
丁度、学生運動が盛んで、授業は休講が多かったせいもあるのかも知れなかった。
もう一つ大きな事柄は学習障碍で第2外国語であったドイツ語が全く分らなかったことにもある。

これが原因で自棄を起こして、大学を中退してしまったのだ。
50を超えて、大学に確認に行くと、出席していたので通してくれていたようだ。
自棄を起こさず、卒業していれば研究者になって、人生も全く変わったものになっていたかも知れない。

そこから抜け出す切欠を作ってくれたのが、日本の歴史で重要なキーワードと認識していた仏教であった。
それは人間ゴータマが悟りの切欠となったのが、苦業を抜け出したことによるものが大きい。
肉体を楽にさせると言う行為の大切さを教えて貰ったと感じた次第である。

次回から仏教とどう触れ合ったかを振り返っていく。


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つながり孤独 [概要]

昨夜NHKで「つながり孤独」と言う表題でクローズアップ現代の放映があった。
このブログを最初から読んで頂いている方々には、結論は大体想定できると考えている。
書いて無いことがあるので、この問題について議論したい。

我々ホモサピエンスはネアンデルタール人と異なり、共に社会を作って共同作業を行うことによって繁栄を続けている。
我々が困った立場に居る人を見ると同情の心が生じる。
これは、眼窩前頭皮質の働きによるもので、他人と同じ行動をしてしまうミラーニューロンと隣り合う働きから起きる状況に他ならない。

詰り、我々が孤独を免れているのは眼窩前頭皮質のお陰だと言って良い。
この能力を人類は数百万年かけて獲得進化し、我々は社会が創れ発展してきている。
社会の一員である自閉症者も同じ種族として、助けられて存続し、多くの発明をして貢献している。
SNSは最近機能しだしたメディアであって、繋がっているようで、それは錯覚であると知らねばならない。

もし孤独を感じたなら、人と触れ合えば良いのみだ。
だから、孤独解消をしたいなら、団体スポーツクラブに入り、その一員として活動することだ。
孤独は悪いものでは無く、価値物を創造するには欠かせないものだ。
話題の将棋藤井壮太7段のことを考えれば、良く分る。
対面している対決している相手としか繋がっていず、その相手は間違いなく自分を倒そうとしている敵である。
持ち時間6時間の勝負を見ていると、1時間近く局面を考えている。
これは孤独な作業に他ならない。

そのお陰で、多くの人々に注目は集めているが、繋がってるのは親と師匠に学校の友達位のものだ。
その他、研究者・作家・芸術家等クリエイティブな作業は孤独の中でしかでき得ない。

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A8のサイトでアフリエイトしだして、数日です。中々良いサイトですので紹介します。

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未だ始められていない方は始めては如何ですか。

自閉症に対する療育は頑張って貰うことです。
過保護は何も生み出しません。
辛くっても頑張ってこそ、未来が生れます。
そうやって、自閉症者も人類に貢献したのだと考えます。





是非、才能を伸ばす道を選択してあげてください。
それが保護者の務めです。
障碍者として、親が死んだ後、役立つ人間にしておけば安心ではないですか。

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共通テーマ:育児

私の思想史3 [概要]

中央公論社刊日本史全26巻が私に与えた影響は大きい。
日本民族の生活史、仏教史、サブカルチャー史等様々な出会いに対してインデックスの役割を果たしてくれた。
詰り、人生における思索の幹となった訳だ。
歴史はそこに登場人物が居て、それらの人々が抱える環境設定を提供してくれ、自身が自身の置かれた環境において、どう行動していくかという指針を与えてくれると言う視点で重要な役割を果たす。

それを与えてくれた叔父に感謝するしかない。

分った時点で詳細に紹介するが、私自身は高機能自閉症であり学習障碍である。
であるから、こうやって書いている日本語にしても得意科目になったのは高校三年生の受験前で、古文・漢文・英語に至っては中高にわたって欠点続きであった。
学習障碍であった事を知らない私は習得する為に懸命に努力をしたので、その時の成績には反映されなかったが、数10年経って小中学校で習った事を今でも覚えている。
現在社会においては紹介する良いシステムがあるので、効率的に学習障碍を克服されたい。





障碍があっても、諦めてはならないし、努力を推奨したい。
自身は障碍がある事を知らず、普通の人として生きることを当たり前として生きて来た。
それ故に現在の私があるという事実を知って頂きたい。
現代社会は障碍者を保護することのみに走っており、障碍者とその保護者に生き難さのみ与えているように感じる。
勿論、障碍者でなくとも効率的に学べるのは良い事であるのも付け加えておく。

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このブログを読んで下さっている読者は私が4日前からA8と言うサイトを通じてアフリエイトをしているのはご存知だと考える。 
このサイトは広告主が多く、サポート体制も確りしていると判断して、申請して始めた訳だ。
もう一つの利点は、このサイトを通じて購入するとそれも収入に加算されることだ。

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もう一つお得サイトがあるのだが、これはドコモの行っているdポイントというサービスだ。


おいおい紹介していこうと考えているので楽しみにしてほしい。
こちらのサイトもお得ですよ。


今なら2倍。


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私の思想史2 [概要]

日本の歴史はどの巻も複数回読んだ。
一番読んだのは、次に戦国時代へと続く室町時代であったと思う。
勘合貿易によって蓄積された富が為した北山・東山文化は言うに及ばず、現在の暮らしに及んでいる数寄屋造りや惣村の成立、庶民による打ち壊しや一向一揆等ハイライトが幾つもある。
鎌倉仏教の後を受けて、多くの名僧が輩出し、大乗仏教時代を創成し、戦国時代を経て日本人の価値観を形成したのもこの時代に相違ない。

次に読んだのは荘園制度から武家社会への過度期である鎌倉時代であったように思う。
この時代のハイライトは鎌倉仏教の成立と元寇であろう。
荘園が崩壊して将軍が任命する守護・地頭への移行は庶民にとって“卒塔婆小町”が四条河原に居たように大変な時代でもあったが、新しい領主の登場等もあって新田開発も進み、経済基盤が整い次の惣村への移行期でもあった。
何にせよ元寇への備えの出費が鎌倉幕府と庶民を疲弊させたに相違ない。

次に多く読んだのは現代社会の基礎を象った江戸時代である。
丁度地球の寒冷期に当った江戸の中後半は、自然災害も伴って冷害干ばつに悩まされた時期だ。
時代は武士から商工業を生業とする町人に主役が移り、江戸文化は爛熟期を迎え、フランスのアールヌーボーに影響を与えている。
奈良時代の万葉集に始まった日本の庶民文化は黄金期を迎え、現在に生きる我々に多くの遺産を残している。


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私の思想史1 [概要]

現在の私を象る心の出発は中央公論社刊日本の歴史全26巻を読んだことから始まる。
10才違いの叔父が私の高校入学祝いに刊行される毎に一冊ずつ自分の読み終えたものを送ってくれた。
17巻迄続いたのだが、その後は自身で購入して読んだ。
やはり、全集ものを読むと、学校で習う歴史だけではなく、庶民の歴史、暮らしの形成等多くの観点から教えてくれるものも多く、宗教に興味を持ったのもそのおかげである。

通して読むのは素晴らしいが、これまで興味を持ったことが無い方々には漫画と言うてもある。

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漫画から入って行けば、歴史ブログ等を読んでも面白く読めると考える。
唯、歴史から多くを学ぼうと思えば、全集ものを読むのに勝ることは無いと考える。

自分自身、50年以上かけて面白い巻かけてを何回も読み返している。
そういう中から、本当に興味を引く歴史的事実に遭遇する訳だ。
様々な事件も面白いのだが、全集ものを読む醍醐味は時間の経過とともに変化する様だろうと思う。

ニュース等で色々な情報が飛び込んでくるが、その縁起を調べるのも全集の良さであると思う。
もう一つお勧めは歴史世界地図を見ることだ。

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世界と日本の歴史がリンクして、特に現在起きているイスラム社会の変遷等多くの事柄に得心する。
イスラムにとどまらず、キリスト教等にも理解が深まる。

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昨日からA8サイトでアフィリエイトを始めた。














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心を育む教育のあり方 [概要]

松山市には平成19年4月に開館した「坂の上の雲ミュージアム」がある。
これは、現在愛媛県中村時広知事が市長時代にやっていた「坂の上の雲まちづくり」政策によりできたものだ。
小説「坂の上の雲」後書に「この長い物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家達の物語である、やがて彼らは日露戦争というとほうもない大仕事に、無我夢中でくびをつっこんでゆく、楽天家達は、そのような時代人の体質として、前のみを見つめながらあるく、のぼってゆく坂の上の青い天に、もしひとつの白い雲がかがやいているとすればそれのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。」の一文に中村市長が感激して、選挙公約として発表して政策は始まっている。

この小説は維新直後の秋山好古の物語から始まっている。
以前紹介したように、好古は普通の子供が15才で四書五経を暗誦する所を10才でしている。
それでいて、その後は独学で師範学校へ進学している。

この事柄は現在の学校教育を揶揄しているともとれるではないか。
小学校1年生に「勉強好きか」と問うと「好き」と言う答えが殆どだ。
所が、2年になって同じ質問をすると「嫌い」と答える数が半数になる。
3年になると、大方が「嫌い」に変わる。


小学校高学年以上で勉強が好きと答える子供は1%程に変わるが、それらの子供は将来医者や科学者を目指す子供が多い。
嫌いにさせて、強いているのが現在の学校教育に他ならない。

道徳を必須科目にするらしいが、現在のやり方だと本当の道徳教育にならないと考える。
やはり、幕末に行われたように行うことが良いと考えるのだが、如何。
後は、必要に応じて自身で選択できるようになって行うのが良いと考える。

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明治の成果は心学によるものであった [心学]

ペリーの砲艦外圧によって徳川幕府は独断で米国と和親条約に続いて通商条約を結んだ。

異人嫌いであった孝明天皇を中心とした朝廷は攘夷一本鎗であった為、尊王論の盛んな水戸藩を中心に全国で志士による攘夷運動が盛り上がり、外国人殺傷事件も数多く起きた。
彦根藩主井伊直弼が大老となり、安政の大獄が行われて吉田松陰や橋本左内等多くの思想的リーダーが刑死したのは有名である。
憤慨した脱藩した水戸浪士によって桜田門外の変が起き、大老井伊直弼に天誅が下され、幕府の権威は失墜した。

薩長同盟等もあり、遂に討幕軍が編成され、江戸城の無血開城となって明治維新となった。
明治政府最大の功績は夷敵から日本を守り抜き、日本を西洋先進国と肩を並べたことであろう。
しかし、洋化を進める余りに廃仏棄釈等旧幕藩体制で培った遺産を捨て去った事が罪である。

150年経った本年、文科省が道徳を正式科目に編入したことが良い例である。
幕末に栄えた心学を天皇制に合わせ、学校教育に残しておけばこんな問題は起きなかったはずだ。
事実、明治維新時の日本人の識字率はパリやロンドンでさえ50%に満たない時に100%に近かった。

司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公であった秋山好古は維新が起きた時10才であったが、その時四書五経(聖人になる事を説く)を暗誦でき、明治の学校教育を受けず師範学校に行き、その後士官学校に入っている。
その後、陸軍では騎馬部隊を創設し、日本陸軍に勝利を齎した立役者となっている。
弟真之は兄の心学で培われた精神を引継ぎ、日本海海戦の戦型を立て勝利の立役者となっている。

分り易さの為に日露戦争を引合いに出したが、日本が明治国家を建設した人は全て心学のお陰を被っていて、現在に続くインフラ整備・殖産興業・政府の要職等心学無には考えられない。


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武士道は菩薩道 [宗教]

武士道が一般的に知られるようになったのは、新渡戸稲造が米国で書籍でもって紹介してからだ。
新渡戸は日本人紹介として、武士道を紹介したのだが、教養人としての武士の意識は菩薩を心掛けていたと考えられ、江戸末期の一般庶民の教養人もそうであったろう。
江戸末期の心学が栄えた事は、背景に朱子学と仏教の影響が大きかったと考える。

朱子学は江戸幕府の公用学問であり、仏教は日本において千数百年の歴史が重く、日本人の隅々まで禅宗や浄土の考え方に馴染んで居たに相違ない。

古代神道派であった物部氏が滅んで、仏教推進派の蘇我氏を後見とした推古朝において聖徳太子伝説が生れ、法隆寺建立や3教義疏等から朝廷仏教が始まっている。
奈良時代には聖武天皇により大仏殿が建立され、諸国に国分寺が建てられ仏教による鎮護国家思想が定着し、鑑真和上の来日もあり、南都六宗が栄えた。

道鏡が称徳天皇に取り入り、政治が乱れたとして最澄を登用して入唐させ比叡山延暦寺を創建して平安仏教は始まった。
付録で付いていった空海が真言密教を持ち帰り、真言宗を開いたことが平安仏教定着に一役買っている。
平安時代は庶民には仏教は高嶺の花であり、主役は繁栄を極め、没落していく貴族であった。

平安末期になって、延暦寺から浄土・禅・法華の研究が進み、法然が浄土宗を立宗した。
鎌倉になって、栄西による臨済宗・親鸞による浄土真宗・道元による曹洞宗・日蓮による日蓮宗が相次いで立宗したことによって日本に真の大乗仏教時代が訪れたと言ってよい。
これにより、公家から新興武士や庶民に信仰が広まっていくことになる。

室町時代になると勘合貿易で得た利益によって寺社は勢いを増すことになる。
禅の思想的進展も交易相手である宋で栄えているので、この時代によるものが大きい。
真言宗・浄土真宗・日蓮宗が庶民に波及し、その余波は下剋上の風潮を生み出すことになる。

応仁の乱から始まった戦乱の世は、日本における実存哲学(禅宗によって培われた)の確立に欠かせない。
徳川幕府は寺社奉行を置き、真・法華のような大衆仏教を禁止し、現在の葬式仏教の礎を築いた。
禅宗は武士の宗教として栄え、思想的指導性を発揮し、夫々の宗派も思索して宗旨を確立した。

これだけの歴史的背景も手伝って日本人全体に菩薩に対する憧れと精進が生れたと信じる。
江戸幕府が国学と定めた朱子学も宋の時代に仏教の考えを取り入れて再編成し、聖人となることを目標としている。
その日本人像こそ菩薩道であり米国で武士道と紹介されたものと信じる。


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こころと宗教 [宗教]

多くの人々にとって宗教は心を安定させる働きを持っている一方で、このブログで取上げたマインドコントロールやイスラム過激派の存在によって忌まわしく自身と無縁であると考えられている。

そもそも宗教は自然崇拝から誕生した。
文明が誕生する頃に、ヤハウェを絶対神とするユダヤ教やアートマンを宇宙原理とするヒンドゥー教が誕生することになり、人々に強い依存をもたらす宗教が誕生する事となった。

そこへ全てを捨てよ(執着が苦の根源)と説いた釈迦と懺悔によって神に許されると説いたキリストが現れた。
仏教で一番大切な教えは執着を無くすことなのだが、時代を経るに従って多くの宗派に別れ、その中で更に派を称える仏教集団が日本国内だけでも数えきれない程多くある。
キリスト教も懺悔して神からの許しを得るのが最大の教えまはずだが、それこそ数えきれない宗派が多く生まれている。

イスラム教はキリスト教とヒンドゥー教のいい所取りをしてアラーを絶対神として成立した宗教であるが、これも無数の派に別れ、一部の派夫々が過激派を輩出して世界を震撼とさせている。
イスラム教は成立時に武力革命によった為に聖戦(ジハード)が許容され、イスラムによる帝国さえ出現した程である。

絶対であるはずの教祖が居ながら分派していくのは、我々ホモサピエンスが社会性を持つからに他ならない。
そして、前頭前野で生れる主義主張は人夫々であることも否めない。
これが分派していく実態である。

信仰は人々に執着を生み、心の安定をもたらす。
私自身は特定の対象に対する信仰はない。
敢えて言えば、釈迦の言った執着を絶つという言葉に共鳴している。
だから、欲もあり行動もしているが、それらに執着することなく、直ぐに手放してしまう。
それによって、何か別のものが手に入るという行為を繰り返している。

人に特別に勧めはしない。
唯、悩みに対しては、その原因は執着によって起きていると説明することにしている。


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自閉症をどう理解するか [自閉症スペクトラム]

NHKスペシャルで放映されたホモ・サピエンスの進化をヒントに自閉症者について論じてきた。

自閉症は紛れもなく高次脳機能障碍であり、社会性を最も得難い存在としてこの世に出現する。
発達障碍と言われる通り、得難い社会性を普通人は4才位で習得する所を10才位迄かけて発達する。
心も同様で、子供で分ることを成人してでさえ発達段階であるから、それが新幹線殺害や秋葉原殺傷事件が起きる証拠である。
愛という概念を習得するのは、かなり高年齢になってからである。

高次脳機能障碍ではあるけれども、大脳皮質は普通人と同様にあるので、普通人は社会性を獲得する為に大脳皮質の多くの領野を使ってしまっているのに対して、未使用の自由に使える広大な領野を持っている。
それによって、鏃を発明し飛び道具迄持てた事によってホモ・サピエンスは発展した。
ネアンデルタール人は強固な肉体とそれに伴う運動性を持ちながら、社会が創れなかったから、1人の創造の範囲に留まり、滅亡していった。


科学の進化(自閉症者のお陰なのだが)に伴って、自閉症者を高次脳機能障碍という障碍者に仕立て上げたのは人類史からみると、極最近の話である。
現代の医学では、МRI検査をすれば、胎児の時から高次脳機能障碍の判定はできるはずである。
自閉症者の対象療法は早ければ早いほど効果的と言われているので、胎児診断して療育を胎児から始めるのが良いと考える。

正しい知見を持てば、自閉症者はホモ・サピエンスにとって宝である。

発達障碍を研究しているはずの専門家に、当たり前の事に気付いて奮起して欲しいものだ。


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自閉症への最適な対応 [自閉症スペクトラム]

先ずは愛情を持って接することだ。
知的障害の切欠は、反応が無い事に養育を諦めてしまうことであろう。

昨日の記事で登場したエジソンやアインシュタインは学校での教育についていけず、基礎学力は母親がしたというのは有名な話だ。
詰り、マンツーマン指導が重要なようだ。
自閉症の特徴として社会性が無く、拘りが強いので、その拘りから出発した教え方が重要だ。
それと、分らなくとも根気強く教えることも重要だ。

脳を社会性に括り付けてしまわない為、通常人に無い発想が生まれて、石斧や縫い針の発明に至ったに違いない。
ホモ・サピエンス社会が多様性を重んじて、社会性のない人々を許容してきた結果だ。
現代社会は異なる人を異端と捉えて、許容する事を忘れた結果が新幹線殺害事件を引起している。
許容されていれば、自分が何者か等必要もないし、愛されているだけで充分なのだ。

自閉症者は社会性が無い故に、その愛という概念自体持ち辛いことも知らねばならない。
愛されていても、その愛に気付かず、孤独に甘んじているものでもある。
だから、自閉症者に一番必要な行為は抱きしめかもしれない。
家族は子供が自閉症者と知った時、何より抱き締めを反応なくとも数多くしてあげるべきだ。

そこに安全基地を見出し、他の子とは違う一歩が踏み出せるのではなかろうか。
その助けに宗教の力を借りてもよい。
太古のホモ・サピエンスは全ての自然を神と捉えて生きてきたのだから。

そこに一筋の光明が見えるように思う。


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自閉症の役割 [自閉症スペクトラム]

昨夜、NHKスペシャルで、人類誕生シリーズ第三集「ホモ・サピエンスついに日本へ!」という番組があった。


内容は、我々の祖先は社会性を持つばかりではなく、道具を進化させて大海原を超え、極寒の気候にも順応して、南は東南アジアから、北はシベリアから日本へやって来たようだ。

丸木舟を造るには、石器と柄を組合わせた斧の存在が欠かせないし、極寒の地で寒さを凌ぐ為の毛皮で作った衣類が欠かせなかった。
それらの道具は近年になって発掘調査されて、化石という形で発見されたと言う。

社会性を持たないのが自閉症の特質だ。
ホモ・サピエンスは社会を創る事によって繁栄が築けた。
以前のブログで社会性を持つ通常人を実数とすれば、自閉症者を虚数と考えたら良いと述べた。
実数の中には虚数は不要なはずである。
所が、通常人は自閉症者を必要な存在として接し、社会の一部として付き合っている。
通常人は社会に適応するだけで精一杯であり、社会に適応しない自閉症者が縫い針や石斧を発明したに相違ない。
事実、エジソンやアインシュタインは自閉症者ですが、現代社会文明は彼らの存在無くして語れない。

自閉症者達を障碍者として扱うのが近年における接し方に見える。
虚数には虚数としての存在価値があると考える。
実数の籠に閉じ込めようとしているのは、現代社会における通常人の奢りと感じる。

宇宙(現実世界)を理解する為には複素曲面の考え方無にはできる通りもない。
養護学校の行っている教育は、分らないと決めつけ過ぎとしか言いようがない。
折角の能力を通常人の都合で潰しているだけではないか。

よく考えて欲しい。

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マインドコントロール [宗教]

今月6日にオウム真理教教祖麻原彰晃及び6人の信者達が死刑執行された。


一連のオウム事件は全て教祖である麻原彰晃の身勝手な自身の保守が動機なのは歴然としている。
警視庁の一斉捜索で、隠し部屋で隠れていたという教祖にあるまじき行為は幼ささえ感じる。
真の教祖である釈尊やイエスでは考えられない。
そういう幼さを持つ教祖が知能指数の高い信者に行っていたのがマインドコントロールである。

このマインドは前頭前野で形成される。
それは、生涯において、様々な経験値から計算されて算出されたものだ。
勿論、母親の影響が一番大きいのは間違いない。

この自意識とでも呼ぶべきマインドに影響を及ぼすことがマインドコントロールに他ならない。
オウムの場合、自身を絶対と信じ込む幼い教祖と自身から逃げたい信者が偶々重なり合って偶発的に起きた現象であったと考える。
麻原彰晃の幼さは、障害の影響もあり、自己実現ができず、それから抜け出す為に始めた宗教依存から来ていると推察する。
自身から逃げたいエリートは、親からのマインドコントロールから逃げたいと言う事であろう。
親からのマインドコントロールから逃げるには、真に心から楽しい事を掴まねばならないのだが、道半ばで自身の道で楽しさに至る過程での逃避だと考える。

マインドコントロールされない為に必要なことは絶対的な自己を持つことであろう。
その為に、親がしなければならない事は3歳児の時にその心に安全基地を造ることに尽きる。
その安全基地を拠点に親離れをさせて、親子兄弟が互いに人格を認め合うことだ。

人間は弱い。
殊に母親が子離れするのが難しいようだ。
それが子を苦しめる元となっている。

王陽明は「心の本体は楽しみにあり」と喝破している。
詰りは夫々が各々個別に楽しみを持つことこそマインドコントロールへの処方箋だ。
楽しみは苦無くしては作れない。
苦を乗り越えて得た楽しみこそ人生の宝である。


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心の成立ち [概要]

今回で概要を終えることになる。
心の成立ちとは脳にどうやって心と言う要素が発生してくるかと言う問い掛けである。

最初の感情は揺り籠である胎盤内で、何時も同じようなリズムで聞こえる母親の心臓鼓動音と体液の流れる音への執着であろう。
生まれ落ちた時に大声で泣くのも、その執着との訣別の叫びに相違ない。

翌日から母親との相克が始まる。
何しろ慣れ親しんだ心音と体液の流れ以上に興味を引くものはないのだ。
蛇や獅子が来ても驚く道理は無い。

赤子の意思は母親のみにしか関心が向かないのだ。
オオカミに育てられた赤子が居ると聞く。
無関心であるから、敵意が無いのでオオカミ社会に迎え入れられたに違いない。

母親への意識の次に出てくるのは願望である。
空腹や尿意等で泣き叫ぶ、あれである。
しかし、母親居てこその意思であり、将に意識としては無の実態だ。
我々大人から見れば、羨ましき限りである。

何ヶ月かすると、複数の大切にしてくれる存在に気付く。
学習の成果でもある。
父親、兄弟、祖父母、近所の人達に人間関係が広がる。
これが心の第二幕の始まりだ。

我々が言う所の心に発達するのは3~4才迄待たねばならない。
その頃に海馬や偏桃体の発生が始まり、そこから心を持つ人になるのだろう。
海馬や偏桃体は第二次反抗期に至るまで成長を続け、その間に人としての心が芽生える。

自閉症は発達障碍とも言われる通り、心の発達も随分遅れる。
小脳のメモリ不足の為、海馬や偏桃体も発達が遅れるせいである。

自閉症の心の発達は、母親の抱きしめが効果があると考える。

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心の傷 [概要]

東名自動車あおり運転事故の切欠は前のPAで注意されたことであった。


カチンときたという現象は本人の心に深い傷があったからに相違ない。
しかし、言われてカチンとくるということは自閉症ではありえない。
自閉症は、言われてもそれが自身にどういう意味を持つか分らないので、元から考えるので、瞬間に反応が出てくる事は先ずない。

19才の心の傷は、幼い頃に心の安全地帯を築けていなかったことが大元にある。
それは両親共に心の傷に苦しんでいることを想起させる。
心の傷は連綿と受け継がれていくものである。

五百年前に明の王陽明が「心の本体は楽しみにあり」と喝破している。
人は楽しさを伴ってこそ力を発揮できるものだ。
様々な天才達が「楽しんでいる」と言っているのはそういう事でもある。

心の傷の唯一の薬は「楽しみ」に他ならない。
苦しいならば、何かに熱中し、その熱中したものが楽しくなった時、苦しみから解放される。
それをしない侭、苦しんでいると、鬱になる。

一昔前は食餌を手に入れるだけで、熱中しなければ入らなかった。
鬱が現代病と言われる真の意味はそこにある。
苦しい時は誰にでもある。
一流人が鬱にならないのは、一流人は熱中するものを持っているからだと考える。

カチンと来る人は熱中するものを持っていないのではなかろうか。
自らを顧みて考えてほしい。

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新幹線殺人事件から考えねばならないこと [自閉症スペクトラム]

このブログを始める切欠になったのは、先月9日に新幹線で起きた小島一郎による猟奇的殺人事件を社会にどう伝えようかと考えたことである。

猟奇的という表現が、実数の立場から複素数を見ている事に連なる。

発達障碍者と伝えられている小島一郎は社会との接点が見いだせず、その猟奇的な犯行を行うことによって、社会からの反応を知りたかったに相違ない。

少なくとも筆者は若い自閉症スペクトラム障害者は社会との接点を見いだせずに苦しんでいると考えている。

実数である普通人は小島一郎の犯した犯罪を猟奇的と言い放った。
実数である普通人はこの事件を虚数によるものだと受止める必要がある。

普通人にとって自閉症スペクトラムは全く理解し難い事件であるが、それ以上に自閉症スペクトラム者達は社会が理解しずらいものなのだ。
10年を超す歳月の経った秋葉原殺傷事件も同様の事が言えよう。
筆者のような見解はマスコミからは全く流れてこない。
これも、国から税金で給与を受け取っている自閉症スペクトラム障害に関する専門家が知るべきことをないがしろにしているという実態に他ならない。

政治家は元より官僚も学習不足であるから、国民の税金の無駄が生じている。
であるから、責任論から言えば、政治家が一番責任が重いと言わざるを得ない。

筆者は叫びたい、自閉症の若者よ孰れ発達して社会との折り合いがつくのだから、結論を急ぐなと。

これを見て、分らない方々は、まだ六つ目の記事であるから最初から読んで頂きたい。
筆者は分る人に分かって頂きたいと願うのみである。

明日は東名自動車道あおり運転について書こう。


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自閉症スペクトラム [自閉症スペクトラム]

自閉症とは脳の機能障害によって引き起こされた障害であって、数に例えて言えば通常人が実数であれば自閉症は虚数、スペクトラムという言い方は複素数であるといえよう。

実数から見れば虚数等想像もつかないし、反対も然りである。

「心について」で述べたように人は集団生活をすることで繁栄を勝ち取った。
その集団生活に適応できない脳機能障害が自閉症であることを知らねばならない。
両者の赤ん坊を例えるならば普通は整数であるが、自閉症は虚数という理解が必要だ。

その虚数である赤子が集団生活の中で発達し、複素数となっていくことが実態である。
知的障害者が養護学校を卒業して、社会生活をしていて50才位になるまでには、通常人の下のレベル迄発達している姿は普通に見られる。
これも複素数ととらえれば理解しやすい。

自閉症スペクトラムと言うが、実は虚数がご縁によって複素数に変換された状態だと言う事を認識して欲しい。
赤子は胎児の時から順応して、社会生活に馴染んでいく。

アスペルガー症候群の人たちでさえ例外ではないと考えている。
知的障害者でさえ、胎児の時から適切な環境に置かれていれば、知的障害と呼ばれないと考える。

自閉症の人たちの多くは知能指数が高い。
それは彼らが幼い頃から、集団生活に適応する為に果断の努力の賜であると知って欲しい。
であるから、自閉症に生まれ落ちたから不幸というのは間違いで、ご縁と捉えて欲しい。

自閉症研究の専門家の罪を問いたい。
実数である自身が虚数乃至複素数である研究対象をそういう理解を持てない所に現在の不幸があると考える。
国から専門家として多大な予算を貰いながら、謙虚に真実と向合う人が少ないのは悲しい。

国を肇とする行政の奮起を期待したい。
自閉症は金の卵でもあるのだから。

社会生活をご縁として発達していく者が発達障碍者であり、どういうご縁を与えるか社会全体で考えなければならない。


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ご縁 [概要]

縁は異なもの味なものと昔から言われる。

私自身の考え方は、時空の世界に無数の縁が滔々と流れているだ。
同じ所に良いものと悪いものが混沌となって流れていて、一つ所に留まってはいない。
その一瞬にご縁を持たなければ、同じものとは2度と出逢えない。
昨日、どうにもならないものと書いたが一瞬に出逢う縁のことだ。

良いご縁に恵まれれば、当面は幸せになる。
縁と出逢った途端に自身とそのご縁は動き出す。
自身の向合い方でご縁はどんどん良くもなり悪くもなって変化していく。

詰りは、どうにもならない存在と書いたが、自身の有様で結果は良くもなり、悪くもなる。
良い例が、連れ合いを考えると分り易い。
良い嫁、良い旦那と受止めれば、仲の良い夫婦関係が築け、その内子供に恵まれて幸せな家庭に恵まれるというものだ。
反対に相手を疎めば、夫婦関係は冷え込み、離婚騒動となって相手のどこが悪いので慰謝料請求にも発展して悪循環に陥る。

詰り、双方の心が自身のご縁のあった相手を受け入れれば良くなるというものだ。
しかし、悪いだけのご縁もある。
釈迦の言う四苦を代表とするものである。
しかし、病になったからと言って、健康な時には考えられなかった他者への労りを持つという良い面があるのも忘れてはならない。

全ては自身の心掛け次第と言っても過言ではない。

生まれつきの障害を持った場合は悲惨だ。
知識をもたない親は、その障害と向き合うことも知らず、悪い方向へ行ってしまいがちだ。

自閉症スペクトラムもその1つだ。
明日、明後日はこれを深く掘り下げようと考えている。

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心の構造 [概要]

釈尊は言っている

全ては識から始まる
次にその識を自身にとって何物なのか“名前”をつける
名前を付ける事によって、その識は自身に重要性を持つようになる
最後には、重要性を持った識から離れられなくなる

執着の誕生である。

釈尊は全ての苦は執着が原因であると断定した。
詰り、四苦八苦の原因は自身が持つ執着に原因がある訳だ。

脳におけるニューロンは五感から信号を受け取り、自身の輩を大脳皮質に探し、輩同士が集合する
これが記憶の実態であり、釈尊の言う所の名付けである。

現在、将棋界で活躍している藤井壮太の出現は、将棋に関する輩が神経核を創生した賜でもある。

こう考えると、苦も悪いものではなさそうだ。

多くの天才達が光り輝いている元をたどれば、識に執着してできた苦の発展したものである。
五百年前に明国で王陽明は「心の本体は楽しみである」と喝破している。
光り輝く姿こそ楽しみに他ならない。


苦は楽の種、楽は苦の種とよく言われる。
苦労して手に入れた楽こそが心の本体であって、安易な楽は苦しか招かない。この苦を釈尊は忌み嫌ったと考える。

苦の行く末をよく考えて、自らと我が子(子育て)の楽を手に入れようではないか。

次回は自身でどうにもならない事柄を取り上げる。

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心について [概要]

人には心がある。
人のみでは無く、ペットの犬等にも心を生存感じることがある。
それは脳が創生して現れた現象として感じるものであるから、神経系を持つ動物には必然的にそれなりの現象が生じるものと言っても良い。
動物の中で、人が最も複雑な心を持つ。
我々ホモサピエンスは、ネアンデルタール人との生存競争に勝ち残ったのは、餌を求めるのに社会を道具として持ったことが理由に挙げられている。
詰り、我々ホモサピエンスは社会を持つ為に多くの人と共同作業をしていて、それを実現する為に多くの人と同調して作業する学習をした故に、複雑で深淵な心を持つに至った。

ほんの百年程前迄、僅かな灯でものを見、それを補うべく匂・音等から情報収集して身の安全を保っていた。社会の齎す身の安全は多大なものがある。そういうことも含めて種の発展に繋がったと想像できる。

現在社会は煌々した灯りが灯され、多くのAIを駆使した機器が溢れている。
詰り、我々が生存競争に勝ち残った環境が様変わりしているのだ。

最近頻繫に起きている病や犯罪は、そういう現在社会が起こす心の変化が原因として考えられる。

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