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米国心理学の父ウィリアムジェイムズ [心理学]

心の問題は幸福論としてギリシャでよく出て来たが、意識という概念はデカルトを待たねばならなかった。
西欧で意識を本格的に扱ったのは医師で哲学者のジョン・ロックが「思考の領域」という概念で意識を扱った。
ドイツの哲学者カントは、私達の経験が1つに纏まる過程に関心を持ち、それらの概念を「統覚」と呼んだ。
ジェイムズは意識は唯1つの所に止まらず、思考の流れだと捉えた。
流れに乗っている思考は夫々互いに分離されていて、各々の思考は相継起していると考えた。
それでいながら、何らかの仕方でそれらは結合して、「統覚」の感覚を私達に齎していると考えた。
その理由は、私達の意識に入ってくる様々な思考が、同時に1つの「パルス(脈動)」を形作っているからだ。
これらのパルスのお陰で、私達はある結論(ないし「固定点」)から別の結論へと移っていく。
だが、思考の流れは前方へと流れ続けて行く事には変わりはなく、私達の意識は絶えず進展し続けている。
結果、私達は、意識を定義するよう求められない限りは、「意識」の意味を知っていると結論付けた。
この結論に持って行く為に、情動のジェイムズ━ランゲ説を編み出した。
意識についてのジェイムズの理論は、私達が事柄を真或いは偽とみなすやり方はジェイムズの理論に基づく。
ジェイムズは「『真理』は事実から生ずるのではなく、『事実』それ自体がそもそも真理ではない。事実は単にあるが侭であり、真理とは、事実の只中で始まり、終わりを迎える信念の機能だ。」と述べている。
ジェイムズは、「真の信念」を、信じている者にとって有用だと感じられている信念と定義した。
信念の有用性のこうした重視が、ジェイムズの思考の中核を為す、プラグマティズムと呼ばれる米国固有の哲学的伝統の中核に位置している。
現代神経科学は、意識について幾つものメカニズムを証明してきて、その始まりはイギリスの分子生物学者・生物物理学者フランシスクリックが、意識は大脳の特定部位と連関していると主張し、それは前部前頭葉皮質野で、この部位は計画や問題解決、行動支配といった思考過程に関わりを持つと主張した。
コロンビアの神経科学者ロドルフォ・ライナスによって意識を大脳中枢に埋め込まれていて、一定の頻度で大脳内部に生じる振動を調節する機能を担う視床の活動によることを唱えた。
1890年ジェイムズ著の「心理学原理」の縮刷版は、今尚版を重ねており、その考えは多くの心理学者は勿論の事、その他の分野の科学者や思想家達に計り知れない影響を与えている。
ジェイムズのプラグマティズムな哲学の事実への適用、即ち何が「真」であるかではなく、何が「信じるに有効か」に関心を傾ける態度があったればこそ、心理学は精神と身体は分離されているのか否かと言った問いから、注意・記憶・推論・想像・直観といった心的過程についての遥かに有用な研究への移行を為し得ている。


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